現在の特別展
写真家・片平孝(かたひらたかし・1943~2025)は、1970年代初頭から「塩」をテーマのひとつに活動し始め、アフリカを皮切りに、世界各地の塩湖・塩原・岩塩坑・天日塩田などを取材する「塩の旅」を続け、日本と大きく異なる世界の塩事情を伝える作品を多く発表してきました。その作品は、塩が作り出す造形を切り取った風景写真としての美しさとともに、人類にとって塩が、生きるためになくてはならないものであることを教えてくれます。片平氏の作品は、「塩の現場」に立ちシャッターを切り続けてきたからこそ得られた情報と相まって、当館の活動を支える重要な資料となってきました。
残念ながら片平氏は2025年春にこの世を去りましたが、塩をテーマにこれほどの広さと深さで世界中を旅する写真家は、今後も現れないのではないでしょうか。地球が生み出す景観に魅せられた片平氏の写真家としてのテーマは塩にとどまらず、星や砂、雪や氷におよびました。
本展では、世界各地の「塩の現場」で撮影された作品約80点を8つのコーナーで展示します。驚異に満ちた地球の光景を伝える作品を通して、日本に住む私たちが想像すらしないような、多彩な「地球の塩」の姿をご覧いただきます。また、片平氏の「塩の旅」を支えた、中判フィルムカメラやデジタルカメラ、そして、ともに旅をしたベストなども展示します。
※本ページに掲載している画像は片平孝氏の著作物ですので、個人利用以外で、許可なく複製・可変および販売・出版・放送・他のウェブサイトへの転用等に利用しないようお願いします。
-

タウデニ 真正面の太陽に焦がされて進む塩キャラバン
(マリ) 2003年 -

ウユニ塩湖 雨季に見せる天空の鏡
(ボリビア) 2015年
片平孝写真展「塩の旅 ~地球の塩の現場に立つ~」
| 会期 | 2026年1月31日(土)~4月5日(日) | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 主催 | たばこと塩の博物館 | 会場 | たばこと塩の博物館 2階特別展示室 | ||
| 開館時間 | 午前10時~午後5時 (入館締切は午後4時30分) |
休館日 | 毎週月曜日(ただし、2月23日は開館)、 2月24日(火) |
||
| 入館料 |
大人・大学生 300円 小・中・高校生 100円 満65歳以上の方 100円 ※未就学児の方は無料です。また、障がいのある方は、障がい者手帳(ミライロID可)などのご提示で、ご本人様と付き添いの方1名まで無料です。 |
||||
会期中のイベント
【展示関連講演会】
- 3月15日(日)午後2時~
- 「片平さんの塩の旅をたどる」(対談)
講師:半田昌之(元 当館学芸部長・日本博物館協会専務理事)、
片平太郎(ご子息)、高梨浩樹(当館主任学芸員)
会場:3階視聴覚ホール
- ※WEBによる事前予約制で、定員は先着60名。参加には、入館料(一般・大学生300円/満65歳以上・小中高校生100円)が必要です。
- ※お申し込み方法などの詳細は、イベントページをご確認ください。
【塩専売120年記念講演会】
- 3月1日(日)午後2時~
- 「塩専売制度廃止期の一瀬戸内製塩業者の歩み」
講師:野﨑泰彦(ナイカイ塩業株式会社代表取締役会長)
共催:公益財団法人塩事業センター
会場:3階視聴覚ホール
- ※WEBによる事前予約制で、定員は先着60名。参加には、入館料(一般・大学生300円/満65歳以上・小中高校生100円)が必要です。
- ※お申し込み方法などの詳細は、イベントページをご確認ください。
【能登半島地震チャリティ上映会&監督トークイベント】
- 3月21日(土)・3月22日(日)いずれも午後2時~
- 映画「ひとにぎりの塩」(2011年、ドキュメンタリー90分)
監督トーク「発災から現在までの能登の現状」(上映後約60分)
石井かほり監督
会場:3階視聴覚ホール
*会場入口での募金にご協力をお願いします。全額、能登の揚浜復興支援として寄付いたします。
- ※WEBによる事前予約制で、定員は先着60名。参加には、入館料(一般・大学生300円/満65歳以上・小中高校生100円)が必要です。
- ※お申し込み方法などの詳細は、イベントページをご確認ください。
展覧会の構成と作品紹介
1.アフリカ 塩との出会い・探求
「砂丘を越えるハウサ族の塩キャラバン(ニジェール)」は、塩の写真家・片平孝を代表する1枚だといえるでしょう。「塩の旅」の2つのルーツ(マリとニジェール)のうちのひとつで、この塩キャラバンとの出会いにより、命がけで塩を運ぶ世界があることに驚き、塩の大切な役割を知って深く感動したことが、半世紀にわたって塩をテーマとした写真家のライフワークにつながりました。アフリカではじまった「塩の旅」から、片平氏の塩への探求をたどります。
*キャプションの“斜体部分”は片平氏のコメントより
-
砂丘を越えるハウサ族の塩キャラバン
(ニジェール) 1972年
“旅の最初は1972年、ヒッチハイクのような形でとび乗った、サハラ砂漠のキャラバンだった。彼らが運んでいたのは塩。朝8時に出発して深夜の0時過ぎまで、移動し続けることなど夢にも想像していなかった。” -
ラック・ローズと呼ばれるレトバ塩湖
(セネガル) 2001年頃
ラック・ローズとは、フランス語で「バラ色の湖」を意味します。赤い水をたたえた約3k㎡の塩湖です。
“首まで湖に浸かり、足で、湖底に堆積した塩をザルにかき入れる。結んだロープでザルを水面まで引き上げては、塩を船に放り込む。塩分濃度30%を超える水の中で作業する男たちの黒褐色の肌が、ウエットスーツのように見える。肌を保護するためにシアーバターを塗っているからだ。”
2.アフリカ 大地溝帯に魅せられて
アフリカ大陸東部を南北に走る大地溝帯は、南はマラウイ湖付近から北は紅海を経て死海に達します。プレートテクトニクスを見せつけるかのように広がる巨大な断層は、地表に姿を表した海嶺ともいわれ、大地の裂け目から地中の物質を噴き出し、日本では想像すらしないような多彩な塩の光景を見せてくれる最前線として、片平氏を惹きつけました。
-
夕日のアッベ湖に立ち上がる石灰の塔のシルエット
(ジブチ/エチオピア) 2011年
ジブチとエチオピアの国境にあるアッべ湖は、炭酸ナトリウムの多いアルカリ性の塩湖で、水深2〜4mの水域と湿地があります。湿地に並ぶ塔は地中から噴出した石灰分が固まった「トラバーチン」。
“浅いアッべ湖の水面が夕日に染まる。岸辺に立ち上がる石灰の塔トラバーチンがシルエットになって、要塞のように見える。” -
海になろうとする塩の湖・アッサル湖の渚
(ジブチ) 2011年
“海面より約150mも低い位置にあるアッサル湖。酸化した鉄分で褐色のシミがついた白い渚には、約40mの厚さで塩が堆積している。(中略)対岸の山を越えたすぐ先に、アデン湾から切れ込んだ入江が迫っている。地溝帯がこのまま裂け続けると、いつの日かアッサル湖もアデン湾や紅海とつながり、海になるといわれている。”
3.アフリカ 33年越しに叶えた夢
片平氏の「塩の旅」には2つのルーツがあります。そのひとつが、1970年にマリの港で見た岩塩板を運ぶキャラバンでした。以来、産地のタウデニへの思いを募らせましたが、長らく外国人が立ち入ることができない場所でした。片平氏は2003年、ようやく33年越しの夢を叶え、タウデニ~トンブクトゥ~モプティという、そのキャラバンの全行程を追うことができたのです。
-
タウデニの岩塩を切り出し整形する
(マリ) 2003年
タウデニ岩塩の採掘場は、真っ平らな地面を3mほど掘り下げたものです。干上がった太古の塩湖の底で固まった、水平な岩塩層を切り出します。
“切り出した厚さ約20cmの岩塩の原石は両面を削り落とし、純度の高い中心4cmを残して塩の板に仕上げる。(中略)労働は寿命を縮めるほど過酷で、しかも手掘りの採掘方法は、500年間まったく変わっていない。” -
タウデニ 出発したキャラバンに朝日が昇る
(マリ) 2003年
タウデニから終点・マリの古都トンブクトゥまでは750kmあまり。昼間は日陰もない過酷な暑さ、夜は厳しい寒さという繰り返しが約20日間続きます。
“星明かりをたよりに、早朝4時に出発。凍えるような空気の中を進むと、やっと太陽が昇ってきた。朝日の温もりに思わず手をこすり合わせた。”
4.オセアニア 乾燥大陸の奇観
「塩」だけでなく「地球が生み出す景観」に関心があった片平氏は、オーストラリアの塩湖や塩田とともに、エアーズロックに代表される奇岩などを訪れています。乾燥地が大部分を占めるオーストラリアは、片平氏がテーマとする「塩」「岩」「星」いずれにも恵まれた場所だったのではないでしょうか。
-
エーア塩湖の湖面を覆う塩の結晶
(オーストラリア) 1991年
南オーストラリア州北部の中央盆地には太古の地層が露出し、塩の湖が点在します。その湖の一つに、普段は塩の平原で、雨季にだけ塩の湖に戻るエーア湖があります。
“足元に広がる絡み合った棘のある低木をかき分けて湖面に立った。夕日に染まっていく塩の花が見える。自然がつくり蓄えた膨大な塩の平原をながめていると、太古の海の輝きが蘇ってくるような気持ちになった。”
5.ヨーロッパ 歴史遺産と塩づくり
ヨーロッパは、アフリカやオセアニア、南米のような「地球が生み出す景観」がむき出しになった場所は多くないものの、塩と人との歴史的な関わりが刻まれています。片平氏は、中世にまでさかのぼるような「天日塩田」や「岩塩坑」を訪れつつ、その土地の地理や岩塩鉱脈の成り立ちにも関心を寄せていたようです。
-
マルサーラ塩田の収穫作業
(イタリア) 2004年
海水を引き入れて、池から池へと移しながら濃縮して塩を作る、現在、世界中に広まっている天日塩田の基本形は、この地が元となっています。天日塩田は世界各地の地形や気象条件に合わせて形を変えながら定着していきましたが、マルサーラ塩田は、古代ローマ時代から現代までそれほど姿が変わっていないといわれます。
“天日塩田では、結晶池で塩を採る作業を『収穫』という。厚さ約5cmで結晶池いっぱいに堆積した塩を2m四方ごとに区切り、小山にする作業をしている。ピラミッド型に盛り上げるのは、塩にまとわりついたにがりを流し落として抜くためだ。海水がきれいだから塩も純白。”
6.アジア 塩づくりの地を求めて
アジアにも、ヨーロッパと同様、塩と人との関わりの歴史を伝えてくれるような製塩地があります。もともと「地球が生み出す景観」への関心とともにアフリカや南米を旅することが多かった片平氏ですが、アジアを訪れる頃には、ライフワークとしての「塩の旅」を明確に意識していたように思われます。
-
ダニ族の塩の池 (インドネシア) 2004年
石器時代の塩づくりが残るというダニ族の村。標高1800mの中腹に、海水よりも薄い塩水が湧く小さな池があります。
“乾季には、池の塩水にバナナの茎を浸してしみこませたあと、取り出した茎を乾かし、さらに燃やして灰まじりの塩をつくる。しかし、訪れた季節は雨季で、(中略)バナナの茎を池に浸して繊維をもみほぐし、塩水をしみこませて、浅漬けのようなものを作っていた。” -
バリの塩田 夕方の収穫風景(インドネシア) 2004年
バリ島クサンバ村の塩づくり。砂浜に海水をまいてかん水を採る作業は日本の揚浜に似ていますが、天日で結晶させます。
“浅い容器に塩田でつくったかん水を入れて蒸発させる。
(中略)注ぎ足しながら蒸発させ、8時間分の塩がたまった。シャーベット状の塩をかき集めるのはヤシの実の殻で作ったお椀。すくってザルに盛られた塩は真っ白だ。”
7.北米 砂漠と塩と星の旅
北米にも広い乾燥地帯があり、「塩」や「岩」の景観とともに、乾燥地ならではの澄んだ夜空があります。関心のある「塩」や「岩」と合わせて「星」を写し込むには格好の場所だったといえるでしょう。
-
モニュメント・バレーに昇る大熊座
(アメリカ合衆国) 撮影年不明
8.南米 地球と塩のハーモニー
片平氏の「塩の旅」は、皮切りのアフリカに続いて南米へと展開しました。地球で最も乾いた砂漠ともいわれるチリのアタカマ砂漠周辺をはじめ、地球最大の塩湖(正確には塩原)であるウユニ湖など、地球と塩とが生み出した景観に惹かれたのでしょう。さらに岩塩坑や塩田もある南米では、数多くの作品が残されています。
-
シパキラ岩塩坑 地下の岩塩教会大ホール
(コロンビア) 1985年
南米コロンビアの首都ボゴタから北に50㎞ほど。岩塩鉱山の町・シパキラには『黒いカテドラル』と呼ばれる岩塩教会があります。
“岩塩を掘り出したあとに残った空間を利用して、1万人を収容できる大寺院がつくられた。無機質な水銀灯に照らし出された黒い大聖堂は、いかにも霊験あらたかな雰囲気があった。” -
アタカマ塩原
(チリ) 1986年
チリ北部サンペドロ・デ・アタカマの南、アンデス山脈とドメイコ山地がぶつかるところに、広大な湿地帯・アタカマ塩原があります。
“アンデス山脈の麓まで続くアタカマ塩原の塩の大地を、夕日が染めていく。塩が溶解と再結晶を繰り返し、鍬で耕したようになった景観が、アンデスの麓まで続く。地平線に沈む夕日を浴びた宝の大地だ。” -
塩の結晶したウユニ湖に群れるフラミンゴのひな
(ボリビア) 1986年
ウユニ湖は、南米ボリビアの南西部、標高3,700m近い高地にあります。高地にある塩湖としては世界最大ともいわれ、雨季以外は干上がっています。
“時速100キロで快適に走っていると、突然たくさんのフラミンゴのひなが一斉に走り出す光景が目に入った。親鳥は天敵から雛を守るために干上がった塩湖で子育てする。キツネなどの外敵から身を守るには最も適した場所であるが、親鳥はどこからエサを運んでくるのだろうか。” -
月夜のウユニ湖に沈むオリオン座
(ボリビア) 1986年
“昼間にスコップで集めた塩を積み上げた小山が並ぶ。その遥か先、塩の地平線に、オリオン座が逆さまになって沈んでいく。南半球では星座は逆さまに見える。当たり前のことだがすごく不思議な眺めだ。飽和した塩水は比重が重く、多少の風では水面が揺れないので、湖面が鏡のようになって、星がよく映る。”
片平孝プロフィール
1943年宮城県生まれ。東京写真大学(現・東京工芸大学)卒。日本写真家協会会員。2025年没。
地球が生み出す景観に魅せられ、海抜以下の灼熱の砂漠から極寒の雪山まで、その現場に立ち続けてきた写真家。砂漠の撮影を目的に訪ねたサハラで塩キャラバンと出会い、命がけでも運ばなければならない塩の大切さに気づく。以来、地球が生み出すさまざまな塩の姿や人びとの暮らしとの関わりを求めて世界中を旅し続けてきた。塩に覆われた壮大な景観が多い乾燥地帯は、同時に、砂や星の撮影地でもあり、砂・星・塩いずれのテーマもライフワークとなった。さらに雪や氷もテーマとし、出身地に近い蔵王の樹氷を中心に撮影を続けてきた。
主な著書に、『塩 海からきた宝石』『砂漠の世界』『雪の一生』(以上、あかね書房)、『地球 塩の旅』(日本経済新聞社)、『星の旅』(朝日新聞社)、『雪の手紙』(青菁社)、『塩 地球からの贈り物』『雪と氷の大研究』『砂漠の大研究』(以上、PHP研究所)、『おかしなゆき ふしぎなこおり』(ポプラ社)、『サハラ砂漠 塩の道をゆく』(集英社新書)などがある。教科書や図鑑をはじめ、多くのメディアにも写真を提供してきた。
-
旅をともにしたラクダと (マリ) 2003年















