榊 玲子(主任学芸員)
タバコは、ナス科タバコ属に属する植物です。タバコ属植物には、ニコチアナ・タバカムとニコチアナ・ルスチカという2種の栽培種がありますが、現在世界でもっとも多く栽培、利用されているのはニコチアナ・タバカムで、その起源の地は、南米アンデス山中のボリビアとアルゼンチンの国境付近であると考えられています。
アメリカ大陸ではたばこは古くから、「嗅ぐ」「噛む」そして「喫煙する」などの方法で利用されていましたが、特に中米の古代文明圏であるメソアメリカ地域において、神々に捧げる聖なる植物のひとつとして重要な役割を果たしていました。喫煙する時に出る煙が、天上界の神々と地上界の人間との間で祈りや神託を伝える役割を果たしていると考えられたり、たばこの葉を火にくべた時の炎の動きや煙の形が、戦いの勝ち負けや未来の吉凶を示しているなどとも考えられ、さまざまな儀式で用いられていました。
また、たばこは儀式に欠かせない聖なる植物ではありましたが、一方で解熱や鎮痛、あるいは呼吸器や胃腸の病気の治療などに用いられたり、さらには食事の後や宴の時に、楽しむことを目的に喫煙されていたことが、記録に残されています。
今回のweb企画展では、当館所蔵資料のなかから、メソアメリカにおけるたばこ利用に関連した資料をご紹介します。
- メソアメリカの5地方
- メソアメリカ地域の範囲については、研究者によって差異がみられるが、大きくは、「メキシコの北部を除いた全域から、グァテマラ、ベリーズ、エルサルバドルの全域、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカの西側部分を含む地域」とされる。また、さらにその文化的な特徴から大きく5地方に分けられる。
* メキシコ西部地方 *
メソアメリカでのたばこの利用方法としては、葉巻、あるいはトウモロコシの皮などでたばこを巻いて喫煙する方法が主流で、パイプによる喫煙はそれほど一般的なものではなく、主にメキシコ西部地方からメソアメリカの北側にかけての地域で普及していたと考えられています。なかでも、16世紀にスペイン人がメソアメリカの地に姿を現した当時、アステカ王国に対抗する第2の勢力として、メキシコ西部、現在のミチョアカン州を中心に栄えていたタラスコ王国では、宗教儀式や裁判の場などで、首長や神官が土製パイプを使っていたことが記録として残されており、多数のパイプが出土しています。
- トウモロコシの穂軸形脚付土製パイプ
(メキシコ西部地方出土、11世紀〜16世紀初頭) - パイプのボウル部分がトウモロコシの穂軸の形をしている。トウモロコシは、中南米の古代文明においてはもっとも重要な作物のひとつであり、特にメソアメリカにおいては、それぞれの文化の発展基盤であった。
- 蛇形土製パイプ
(メキシコ西部地方出土、11世紀〜16世紀初頭) - 蛇は、メソアメリカにおいては非常に重要な生きもので、建築物の壁面や柱をはじめ、至る所にその姿が表現されていた。脱皮をするという生態から、「再生あるいは変身」の象徴と考えられていた。また、「空(天の川をヘビと見立てていた)」「水(動く時に体が波立つように見える)」「大地・洞穴(地を這う・地中に巣を作る)」などとも結びつけられ、さまざまな神と関連づけて表現された。ちなみにこのパイプは、その尾の表現からガラガラヘビを象っていると考えられる。
- コヨーテ形土製パイプ
(メキシコ西部地方出土、11世紀〜16世紀初頭) - メソアメリカにおいてコヨーテは、その敏捷な動きから、「踊りや歌」の神と結びつけられたり、攻撃的な性質から、「戦士の象徴」としてとらえられていた。
- 白釉掛脚付土製パイプ
(メキシコ西部地方出土、11世紀〜16世紀初頭) - メキシコ西部地方のパイプには、低温焼成の土製で赤褐色をしたものが多いが、本資料のように釉薬が掛けられたものも出土している。