* メキシコ中央部 *
メキシコ中央部に花開いたテオティワカンやトルテカといった文明では、現在までのところ、たばこに関わる考古遺物などがみつかっていないため、たばこが利用されていたかどうかについてはわかっていません。しかし、この地域最後の文明アステカにおけるたばこ利用については、これを征服したスペイン人による記録などによって、かなり詳しく知ることができます。それによると、アステカでは「アカジェトル」とよばれる、メキシコ竹の筒にたばこをつけて喫煙する方法が主流でした。ただ、このアカジェトルそのものは有機物であるために遺物としては残っておらず、また形状などについての記述が史料によって異なっていたりするため、その実態については曖昧な点も多くあります。なお、アステカのたばこ利用についての記録からは、宗教儀式だけではなく、治療で用いられているようすなどもかなり詳しく知ることができます。
- 首長土製パイプ
(メキシコ中央部出土、11世紀〜16世紀初頭) - アステカでは、アカジェトルでの喫煙が主流ではあったが、遺跡からは土製パイプの出土例もあり、パイプによる喫煙が行われていたことがわかっている。当館が所蔵するメソアメリカのパイプのなかには、メキシコ中央部出土と考えられるものが1点だけある。ただ、これがアステカのものであるかどうかについては、はっきりとはわかっていない。
* マヤ地方 *
メキシコ南部、ユカタン半島からグァテマラにかけての地域を中心とするマヤ地方におけるたばこの利用については、たばこを吸う神の姿が絵文書や彩色土器、石彫に表わされていたり、アステカと同じくスペイン人による記録などから、そのようすをうかがうことができます。マヤ地方では、主に葉巻による喫煙が行われていたようで、そのほかには、現在でも見かけるトウモロコシの皮でたばこの葉を包んだ紙巻たばこ(シガレット)の原型のようなかたちで喫煙されていました。グァテマラ高地のキチェ・マヤの神話であり歴史書でもある『ポポル・ヴフ』は、マヤの人々の世界観・宇宙観を知る上でも非常に重要な史料ですが、この『ポポル・ヴフ』には、双子の英雄が地下世界で受けたさまざまな試練のなかでたばこ(葉巻)が登場するエピソードも含まれています。
- 脚付土製パイプ
(グァテマラ・ペテン州出土) - マヤ地方では葉巻による喫煙が主流であったが、本資料や彩色鉢にパイプでの喫煙のようすが描かれていることから、パイプでの喫煙も行われていたことがわかる。
- パイプ喫煙のようすが描かれた鉢
(マヤ中部地方 7〜11世紀) - マヤ地方では珍しいパイプによる喫煙のようすが描かれた彩色鉢。この図像の裏側には鹿が描かれている。鹿は、メソアメリカにおいては代表的な狩りの獲物で、儀式における重要な供物であったが、たばこと鹿との間の関連の有無についてはわかっていない。
- 「たばこを吸う神」のレリーフ部分
(複製) - メキシコ、チアパス州のパレンケ遺跡にある「十字の神殿」神殿部脇柱に表現された葉巻状のたばこを吸う神(L神)のレリーフのレプリカ。「十字の神殿」が建設されたのは7世紀末ごろとされており、現在のところ、たばこに関する最も古い資料とされている。L神は、地下世界あるいは作物の豊饒をもたらす雨に関係があると考えられているが、常に大きな四角い目をした年老いた姿、また身体にはジャガーを表わす文様、モアン鳥(フクロウのこと)あるいはその羽根の頭飾りを伴った姿で表現されている。
- 葉巻状のたばこを吸う神が描かれた彩色壺
(マヤ中部地方 7〜11世紀) - 四角い目、ジャガーの斑紋を表現していると思われる体中の黒い文様、頭飾りの表現から、この彩色壺に葉巻状のたばこを吸う姿で描かれているのは、パレンケ遺跡の「十字の神殿」のレリーフに表現されているL神であると思われる。L神が左手に持っているのは、幻覚剤を浣腸するためのゴム製の浣腸器である。古代マヤでは、キノコなどの自然の幻覚剤が儀式などで使用されていたが、その摂取には、飲み物として飲んだり、吸い込んだりしたほか、直腸経由で速やかに血液中に幻覚剤の成分を吸収させる浣腸という方法もとられていた。