版本の『蔫録』には、日本を含めたアジア各国、ヨーロッパなどで使用される喫煙具の図が掲載されています。天明(1781〜1789)末の草稿では、図に附属する解説は貼り込まれていますが、図はまだありません。寛政(1789〜1801)末の草稿には、版本に登場する喫煙具図の多くが描かれていますが、まだ全てではありません。二種類の草稿と版本を比較することにより、どの図がいつから加えられていったのかがわかり、その理由が推定できるものもあります。ここでは、たばこと塩の博物館の所蔵する『蔫録』の版本から、特別なエピソードのある喫煙具の図を紹介します。
*蘭学者たちが所蔵する外国の喫煙具*
- 玄沢が所蔵していた?
オランダの喫煙具 - 玄沢は、それぞれの喫煙具図の所蔵者を明らかにしているが、<4>の図には所蔵者名が見当たらない。この喫煙具図は、天明末の草稿にも紙片が貼られており(<5>)、玄沢が所蔵していた喫煙具であったかもしれない。パイプ用のたばこの容器2点と、素焼きの粘度でできたクレーパイプが描かれている。
<4>版本『蔫録』巻之中より
<5>草稿『蔫録』巻之下より 天明末の草稿には、図はないが、図を入れるスペースが空けられ、附属する解説が紙片で貼り込まれている。ここに貼り込まれている紙片は二枚で、右の一枚は<4>の図のものであるが、左の一枚は別図のもの。
- 蘭学者の前野良沢(蘭化先生)
所蔵のパイプ - 前野良沢は、玄沢の師である。乗馬用のパイプとあるが、通常の乗馬用のパイプは、このようなコード状ではなく、堅く長い柄が付いている。<6>の図では、たばこを入れるパイプボウルの部分が人頭形で、吸口が長いコードになっている。コードパイプという形式のパイプに似ているが、コードパイプにしてはパイプボウルの座りが悪く、後から取り合わせたものかもしれない。
<6>版本『蔫録』巻之中より
<7>草稿『蔫録』巻之下より 解説を記した紙片は本文の上から貼り込まれている。
- 蘭学者の中川淳庵
所蔵のパイプ - <8>の図は、オランダのパイプと解説されているが、ドイツのウルム地方で作られるウルムパイプと呼ばれるものに形が似ている。<9>の通り、草稿の時点で掲載が予定されていたことがわかるが、この紙片は、先に掲げた玄沢所蔵と思われるオランダの喫煙具(<5>)といっしょに貼り込まれている。
<8>版本『蔫録』巻之中より
<9>草稿『蔫録』巻之下より